このサイト、「天文学とプラネタリウム」、略称“天プラ”は主に天文学の普及に興味を持つ学生および科学系施設関係者を対象に開設されています。天プラが目指すものはなんなのか、簡単に紹介しましょう。 |
このサイト、「天文学とプラネタリウム」、略称“天プラ”は主に天文学の普及に興味を持つ学生および科学系施設関係者を対象に開設されています。天プラが目指すものはなんなのか、簡単に紹介しましょう。 |
![]() 図2 天文に関する情報の流出 |
現在、「科学としての天文学」についての情報がどのように流れているかを模式的に表したのが図2である。矢印の大きさは流れる情報量の多さを表している。まず、天文学を学ぶ学生には、指導教官から、授業から、そして自分の研究を進める上で、非常に多くの情報が流入してくる。しかし、ここに来た情報は、ほとんど一般の方々に出て行くことはないであろう。もちろん各所で開催されている観望会にはそのような学生がスタッフとして参加している場合が多くあるが、そこで必ずしも「本物の天文学」が伝えられているとは限らない。またプラネタリウム館では、番組や展示物制作の過程などで天文学の情報を仕入れることができるであろう。一般の方々はそのような館を実際に訪れることによって、天文に関する情報を受け取ることが可能になる。しかしそれは裏を返せば、そのような場所に出かけない限り情報は入ってこないということである。一方、ニュースなどを配信する新聞社・テレビ局に流れる情報は、学生・プラネタリウムに流れ込む情報量よりは少ないと考えられる。しかしこれらマスコミが流す情報は目につきやすく、それゆえ影響力は非常に大きいといえる。 そこで私たちは、天文に関する情報を多く持ち、「理性」的な天文学の楽しみを知っている学生とプラネタリウムが協力することで、より効率的に、正確で新鮮な天文情報を発信したいと考えている。 では、私たちが協力したいと考えているプラネタリウム業界について、少し見てみよう。 2.プラネタリウムの現状および分析 プラネタリウム業界は苦しい。先日の五島プラネタリウムおよびサンシャインプラネタリウムの閉館は、今日のプラネタリウム業界の窮状を象徴するものとしてよく取り上げられる。では、どの程度に苦しいのかをデータを見てみよう。 プラネタリウム白書2001(日本プラネタリウム協会, 2001, 以下白書)によれば、プラネタリウムの入館者数は1990年を頭打ちに減少に転じているにも関わらず、新規開業のプラネタリウムは1999年に至るまで増加を続けていた。単純に考えても、これは1館あたりの入場者数の減少を意味している。この入場者数の減少という現実は、プラネタリウムの運営に関わる人間からは社会情勢の変化がその主要因であると見られているが、子どもの数の減少やプラネタリウム自体の魅力の低下をその原因として指摘する人間も多い(菅原編, プラネタリウム会報 No.61,2-8, 1997, 以下アンケート)。しかし、内部からの調査ではなく外部からの調査によれば、関心を持つ科学分野は天文学、科学館に希望する施設は大型プラネタリウムと現在でもその人気は他の科学分野を圧倒していることがわかる(千葉市教育委員会,こども科学館(仮称)市民アンケート調査結果概要, 5-6, 2001)。従って、やはり既存のプラネタリウム自体の魅力の低下が入場者数低下の主要因であるのではないかと私は推測する。 ここで注意せねばならないのは、全ての館が“斜陽”なわけではないという点についてである。相対的な評価となるが、プラネタリウムの入場者数の減少率が科学館全体の入場者数の減少率よりも下回っている館も見受けられ(白書)、これらは健闘しているといっても良いだろう。全体的傾向として、多くの天文を専門とする職員を配置できる有力な館が健闘しているように見えるが、きちんとしたデータは出ていない。 実は、プラネタリウムの危機は1990年代初頭から言われ続けてきたことであった (山田, Twilight No.3, 10-13, 1993)。オート番組の導入によるスタッフの質の低下、および質の低下に伴うスタッフの身分の不安定さに対する危機感がその背景にある(河原, Twilight No.3, 8-9, 1993)。スタッフの質が下がれば当然番組の質も下がる。番組が自作できないスタッフは番組を外注せざる得なくなり、その結果ますますスタッフの質が下がるという負のフィードバックが懸念されたのである。このことは、観客数の減少という現実とあわせて、多くのプラネタリウムスタッフの心のうちに重くのしかかる問題であった(プラネタリウム会報 No.61, 26-50, 1997)。反面、観客数の減少をあまり気にしない、あるいは問題にしていない館が全体の50%を超えてもいる(アンケート)。 自分がやるべきことはわかっているのにずるずると地盤は沈下する。この葛藤の中でプラネタリウム業界は1990年代を流されてきた。この状況を打破するにはどのような方針が良いのだろうか。地域との密着、生涯学習の強化、他業界とのコラボレートなど様々な方針が盛んに議論されている(「プラネタリウムの未来を考える」, Twilight No.25, 2002)。では、このようなプラネタリウムの現状の中で、天文学とプラネタリウムはどのように関係してきただろうか。 3.天文学とプラネタリウム 70年代に入りオート番組が登場すると、経済性の追求からオート番組を中心としたプラネタリウムが数多く建設され、生の声で科学に触れられる場所としてのプラネタリウムは少数派となってしまった(白書)。一部のプラネタリウムを除いて、天文学に関わる人間を呼んで話をさせるといったイベントはほとんど行われていなかった。 そのような中で、博物館とは「生活者の眼で導入し、科学者の眼に展開していく」(嘉田)べきであるという考え方をプラネタリウムでも実践しようという動きも現れた。具体的には、来館者からの質問を館のスタッフのみならず研究者に答えてもらうことによって一般と科学者を結びつけようという試みであった(高橋, Twilight No.17, 20-23, 1998)が、回答してくれる研究者ネットワークの構築の難しさなどの問題もあり、全国に広がりはしなかった。しかし、この流れはプラネタリウムサイド(毛利,文月報, 130-136, 2001)からも研究者サイド(若松, Twilight No.21, 9-20, 2001)からも積極的に引き継がれ、いくつかの実験的な天文学者とプラネタリウムのコラボレーション講演会がおこなわれた。これらは概ね成功しており、今後も注目するべきものであろう。 さて、ここで考えるべきは、我々学生、つまり研究者と呼ばれるにはまだ未熟であるが、天文学的知識の蓄積はあるレベル以上に達している我々は黙ってこの事態を見ていて良いのか、ということである。我々が入るべきニッチはないのだろうか?地域密着、生涯学習、他業界とのコラボレートを目指すプラネタリウムは、我々にとっても天文学普及を効率的に行う場としてとても魅力的ではないだろうか? 日本では高知を除く各都道府県に約300館のプラネタリウムが存在する。そして、多くのプラネタリウムには地域の天文ファンが集まって活動している。様々なアイディアをもって天文学普及活動の拠点としてプラネタリウムを利用することは、我々にとっても天文ファンにとっても、そしてひいては地域の方々にとっても有益なのではないだろうか。プラネタリウム業界も我々学生も、協力することによって得るところは大きい。密に連携できる仕組みを創出することがまさにいま必要である。この事について、このサイトでは積極的に提案していきたいと考えている。 |
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