イベントレポート:シミュレーション図で世界を語る

会場となった忠助
今回の会場「忠助」さん

2017年3月15日。福岡市内で風変わりなイベントが開催された。その名も、「シミュレーション図で世界を語る」。会場は福岡の天神エリア中心に佇む「忠助」という屋台だ。おでんの匂いと香ばしい焼き鳥の煙が充満する中で、「シミュレーション図」のお披露目が始まった。

■ シミュレーション図とは?

シミュレーション図
画像提供:理化学研究所

今回、理化学研究所が初公開した「シミュレーション図」は、世の中にあるシミュレーションをより広く見渡せるようまとめたポスター。まずは制作委員会の吉戸智明氏(筑波大学)が、科学研究における「シミュレーション」の役割を説明した。

説明する吉戸氏

「科学研究の世界ではふつう、シミュレーションとはスーパーコンピューターに代表されるような計算機を使って数値計算することを指します。例えば、計算機を使って超新星爆発という現象を数値計算で再現することなどがそうです。太陽の8倍以上重い星が超新星爆発を起こすのですが、どのように爆発するのかが科学的にまだ解明できていないんです。研究者のさまざまなアイディアは、シミュレーションによって検証されるのです。」

特に天文学分野の研究の場合、実際にその天体の近くまで行って詳細に観察したり、人間の時間スケールを超える現象をリアルタイムで追いかけることなどができないので、「シミュレーション」という方法がよく使われる。辞書の定義も「物理的あるいは抽象的なシステムをモデルで表現し、そのモデルを使って実験を行うこと。模擬実験(大辞林)」とある。シミュレーションは観察された事実ではないので、いわば人間やコンピューターの“予測”と“現実”の戦いなのだ。

熱弁する小阪氏

今回披露された「シミュレーション図」は狭義の辞書的な意味を越え、世界の構造を「シミュレーション」という観点から捉え直そうとするものだ。アートディレクションの小阪淳氏は、ポスターを作成した意図について「シミュレーションという言葉ですが、テクノロジーと結びついているイメージはあっても実は明確な定義ができていないんです。シミュレーションってそもそもなに?という問題意識からこのポスターの作成が始まりました」と語る。

わたしたちが通常シミュレーションとして思い浮かぶのは「事象を推測する」ことや「体験を拡張する」こと。天気予報やフライトシミュレーション、コンピューターゲームなどもその類だ。最近注目されるVR(Virtual Reality、仮想現実)やAR(Augmented Reality、拡張現実)などの技術も含まれる。さらに「自己を模倣させる」こともシミュレーションだ。人工知能は人間の思考プロセスを模倣した模擬的な知能であり、ロボットは生物の身体の動きを模倣しているのだ。

■ シミュレーションが世界を動かす

ここまでのテクノロジーの話は馴染み深いかもしれない。小阪氏はさらに「わたしたちは小説を読んだり映画を見たりして体験を拡張していますし、無生物を生物に見立てることも自己を模倣していることになります」と、変化球を投げる。

「考えれば考えるほど、社会を形成してコミュニケーションするのもシミュレーションではないかということに気づいたんです。例えば明日の予定を立てることとか、相手の立場に立って考えるとか」

「シミュレーション図」の特徴は、理系分野だけでなく自己や他者、社会を研究対象にする文系領域にも考察が広がっていること。相手の立場に立って考える能力といった「心の理論」や、「私が私であること(自己同一性)」「社会に理想を描くこと」などもシミュレーションと関連づけて描かれている。

「科学において客観的な事実が証明されたと言っても突き詰めれば推測に過ぎない世界ですし、高度な知的生命体が私たち地球をシミュレーションしてるだけかもしれない。わたしたちは何が本物かわからない世界で生きているんです。そういうこともこのシミュレーション図から読み取っていただけたら」と小阪氏は締めた。

ちょっと酔っ払った片桐氏

コピーディレクションを担当した片桐暁氏は、このポスターの共通の教科書として使用したいくつかの著作を紹介。

「他の動物と人間を分けるもののひとつとしてシミュレーションを捉えることができると思います。しかし近年、心の理論がサルにも存在することが示唆されたり、人間とは何か?という問いに対する答えはなかなか難しいですよね。シミュレーション図を作成し始めた時はまさか人生や人間の話になるなんて思ってもいませんでした(笑)」

その後のイベント参加者を含めた質疑応答の時間では、多方面から質問や意見が飛び交った。「信仰もシミュレーションなのか?」といった宗教の問題や、「偶然や無条件反射もシミュレーションなのか?」「夢や験担ぎは?」「非論理的なものは?」のように、シミュレーションという概念が及ぶ範囲が話題になった。

「シミュレーション」という概念の歴史はまだまだ浅い。市民権を得るのはいつだろうか。しかし今回発表した「シミュレーション図」からは、この言葉が人間の「想像力」、そして「創造力」の基盤として機能し、人が「生きる」ことに欠かせない作用であり、無限の可能性を秘めていることが確信できた。ぜひ多くの方にシミュレーション図を手に取っていただき、シミュレーションを切り口に世界を眺める体験をしていただければと思う。

(レポート作成:田代 伶奈)

ごちそうさまでした!
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